サンセットライブがもたらした“芥屋”の地域活性化

2017-0907

今年で25周年を迎えた糸島市芥屋海水浴場で開催されるサンセットライブ。毎年参加者から運営スタッフなど延べ15,000~20,000人ほどを動員する野外音楽フェスです。このサンセットライブが芥屋にやってくる前の2001年まで、福岡人の多くが「芥屋と言えば、芥屋の大門(おおと)」という認識しかしていなかったんじゃないでしょうか。

(写真引用:サンセットライブ公式HPより)

 

ところが、2017年の現在、芥屋は多くの観光客で連日賑わっています。日本人だけでなく海外からの観光客もわんさか。とある旅館のおばちゃんに聞いたのですが「芥屋の大門の遊覧船の会社は、2015年くらいから儲けがすごいみたい。社員旅行にハワイに行ったとか」と言ってました。この遊覧船、冬場は波が高く北風が強いため3~4カ月ほどお休みするのですが、残りの時期は土日は待ち時間が出るほど観光客でいっぱいなのです。

 

もちろん、観光客が来ているのは「芥屋の大門」だけでなく、芥屋海水浴場にも。その周辺にはもともと旅館が並んでいましたが、どこも高齢化が進んでいるものの、2代目・3代目が新たに「飲食店やカフェ」を構えたり、よそから来た人が土地を買ってレストランやカフェ始めたりしているのです。

 

昭和に団体客で栄えた観光地“芥屋”

芥屋は2010年1月1日に合併して糸島市になるまでは、人口17,000人ほどの志摩町の端っこでした。芥屋の花火大会が1970年代から始まっていることや、各旅館の初代経営者が現在60~70代のようなので、高度経済成長期からバブルにかけて一番栄えていた観光地だったのだと思います。

 

2000年代前半にはもう営業終了していた芥屋ビーチホテル。今では跡形もなくなっていますが、芥屋海水浴場の一番奥に位置し、廃墟になっていた時期はかなりの若者が肝試しに訪れたのではないでしょうか。

 

芥屋周辺の飲食店や旅館は、団体客用のバスを持っていたり、大広間があったり、いわゆる日本各地にある温泉旅館やホテルが多い観光地エリアと同じような建物のつくりです。旅館のおばちゃんに聞いた話ですが、バブル時期には会社の慰安旅行的に団体で来られ、夜は宴会、コンパニオンの女性の派遣もそれはそれは多かったそうな。

 

2002年にやってきたサンセットライブ

おそらく芥屋ビーチホテルが営業終了し、お盆すぎまで海の家が出ている(夏が終わると解体される)芥屋海水浴場だったので、キャンプ場もあるし、駐車場もあるし、ライブ会場として適していると判断し(きっと地元や芥屋観光振興会?などとしっかり協議もしたと思われます)、サンセットライブが2002年にやってきます。でもこの頃の様子は僕はまだ知りません。僕が初めて参加するのは2004年、ここから先はそれ以降のお話です。

 

2004年、金・土・日と3日間開催し、有名アーティストも来ていたサンセットライブ。キレイな澄んだ海に、心地よい風、そして美しすぎる夕日、お酒もあれば解放感バツグンの芥屋にやってきた音楽フェスにハマる人は、この頃から年々増えていったものと思われます。と同時に音楽フェス・野外フェスに付き物のドラッグや、泥酔した女子、ケンカ、そして大量のゴミまで2007年ごろまで発生していたので、きっと地元はそこまで歓迎していなかったのかもしれません。

 

とは言え、年に一度、20,000人近く来るため周辺の宿はほぼ全て満室。自分の土地を1日1,000円の駐車場にしているところも多く、出店を出してるところも。完全に特需ですよね。夏なので「芥屋の大門」ももちろん稼働中のはずですが、2010年くらいまではそんなに多い印象はありませんでした。

 

糸島ブームとともにいろんなコンテンツが揃っていく

もともとJR筑肥線の筑前前原駅より南にある南風台(みなかぜだい)という新しい分譲エリアが、団塊世代の移住者に人気になり、糸島に魅せられた引退した高齢(まだ高齢ではないですね)な方々が移住してきていたのが糸島。そこにインターネットが出てきて、SNSが普及し、スマホを誰もが持つようになり、夏の糸島と言えば海。冬の糸島と言えば牡蠣ですね。これらの写真がまたたく間に広がるようになり、「糸島ブランド」を築くのに一役買ったものと思います。

 

日本全国的な移住促進(ブームまでは行かないよね?)もあり、いとしまシェアハウスの畠山千春ちゃんが糸島に移住してきたり、福岡移住計画の須賀さんが拠点かまえたり、九州大学が移転をどんどん本格化させて九大生が移住してきたり、ラーメンの一蘭ができたり、そして全国的に有名になった伊都彩々ができたりと、「糸島」という名前が全国区になりました。

 

そこに少し前からあるサンセットライブ。福岡だけでなく、九州、全国から若者がこの日のためにやってきて、「糸島最高~!」って言ってSNSとかで拡散してくれるようになり。

 

今では毎年、福岡の観光情報を扱うメディアや記事には「芥屋」が載ってないものはないくらいになってます。もちろん、そこで取り上げられるのは「芥屋の大門」なんですけどね。何しろ国定公園ですからね。

 

そのとき、サンセットライブ時の若者対応や特需で少しばかり感性を尖らせ、飲食店や旅館の経営感覚の鋭い2代目なんかが「稼げる店・ハコ」にどんどん投資しはじめたのが2010年以降、目に見えて感じました。

 

芥屋の海の家がけっこうすごい

まずは「海の家」。芥屋海水浴場は毎年海の家ができていましたが、今では白浜家(しらはまや)という海の家がすごいです。もはや海の家を超えた、リゾート観光を提供してくれるようなものになっています。というのも、ふつう海の家って夕方には営業終了ですよね。白浜家は「夕方から夜が本番」です。料金設定も大人1人4,000円のプランで宿泊までできます(そりゃトイレ・シャワーあるっていっても)。何より、音楽アーティスト呼んでライブをしたり、独自に花火を打ち上げたりしてるんです。

参照:海の家 白浜家

 

だから、芥屋は夏の時期、サンセットライブ以外の時期も日本人の若者が送迎バス含めてやてくる観光地に。そこに自国ではキレイな海が見れないアジアの観光客がどっとレンタカーで訪れているようです。

 

まとめ

サンセットライブが2002年から2006年までの4年間、有名アーティストが来て多くのライブを見に来る(ある意味)やからが多くやってきてましたが、その頃は会場内に警察官が数名ウロウロしていたり、会場内いたるところにタバコのポイ捨てがあって、飲食店から出る割り箸やドリンクカップや紙皿などが大量に捨てられ、モラル・マナーも悪かったです。きっと、地域住民からも苦情は絶対きていたはず。

 

そこから海外の野外フェスの事例や、国内の野外フェスで「環境」にしっかり配慮した仕組みをオーナーの林さんが視察・学ばれ、テスト導入したのが2007年。本格導入したのが2008年。そこから「ライブに来る人のモラル・マナーが年々良くなっていった」という実感があります。そこから2010年以降のいろんな要素が絡まって、いまの「芥屋」にいたります。

関連記事:意外と知らないサンセットライブの裏側

 

野外フェスというコンテンツ1つでは決して活性化するとは思いませんが、サンセットライブが地域にもたらした影響は、かなりあると思います。林さんと、サンセットライブが大好きな人たちへ敬意を表して、今年もありがとうございました!ということで、2017年のライブのダイジェスト映像がアップされていたので、貼っておきますね。

 


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