社会人6年目に会社員を辞めて独立して7年が経ったのでキャリアを振り返ってみた

2016-0406

2009年3月31日に会社員を辞めてから7年という月日が過ぎました。それとともにフリーランスとして独立して8年目に突入です。決して人様にオススメできるようなキャリアではないのですが。22歳で地元福岡の大学を卒業してから、アルバイトとして社会人生活をスタートさせ、途中正社員も契約社員も経験しましたが、「雇われない働き方」がもう8年目ということで少し振り返ってみたいと思います。

 

 

社会人をアルバイトとしてスタート

今から12年も前の当時、まだ第二新卒という言葉すらなく、僕のまわりで大学卒業時に「正社員」になっていなかったのはごくごくごーく少数。士業目指して専門学校へ通いだした友人か、大学院に進学した友人のみでした。そんな中、自分は福岡の広告業界の中の、さらにベンチャー事業の中の、広告をつくるアシスタントディレクターとしてアルバイトで始まりました。

 

当時を思い出すと「悔しかった」という気持ちばかり。そもそも、就職活動はしていたんですが、大手企業は選考進んでも全く乗り気にならず途中で辞退。中小企業狙いでいくと中間管理職の方(部長という肩書がついてる人とか)には面接でえらい気に入られるも、ことごとく社長面接で落とされてしまいました。そして就活のモチベーションを完全に失い、脱力期間を経て、卒業前にはじめたアルバイトを卒業後も続けることで社会人となりました。

 

もう周りはスーツ来て、4月後半には「初任給が~」とか言ってるわけですよ。新しい出会いとともに恋したり恋人できたりする友人もいて、いろいろと「悔しさ」だけが溜まっていったような。その悔しさと何もしていないニート的な期間もわずかにあり、そのときにいろんな本を読み漁り、思考をしていたような思い出があります。

 

 

正社員を辞めて契約社員へ

何のスキルも実績もなかったのでふつふつと募るものがあり「これはいかん!」と出した結論が、「営業スキルを身に付けて、お金を稼ぐことを知っておきたい」でした。そして転職活動して拾ってもらったのが、広告制作プロダクションの営業職(正社員)でした。

 

御用聞き営業マンで言われたこと以外には興味を示さなかった上司のもと、顧客(売上)と仕事は引き継いだものもあり、やることはあったのですが、「新しいお客さんを自分で獲得したい」「新しい分野の仕事をしたい」という欲求が高まり、独自でいろいろと動き回ってよく上司に冷たい言葉を投げかけられたもんです。でもまぁ新しいことしなくても、それなりに正社員として営業をやっていくことはできたと思うんですよね。

 

で、当時も今も「正社員になる」ことのハードルが高いと言われるのに辞めました。ブラックでもないし、人間関係も悪くなかったんですけどね。そして次に契約社員に。こちらも広告の営業兼ディレクター。だんだんとスキルやネットワークも広げ、この頃には自分の名前で相談が来て、それが仕事に繋がるような現象が起き始めていたことに気づき始めます。さらに自分の属している会社では処理できない相談もどんどん来るようになり、会社に内緒でわずかですが副業的に回していました。

 

そして正社員よりも契約社員の方が、いろいろと割り切れる職業なんですよね。正社員は100%会社にコミットしないといけない意識がどうしても働いてしまうため、会社の売上とか行く末とか、社内人事や人間関係とか、いろいろ気にしてしまうんですが、契約社員だとその辺わりと楽な気がしましたね。

 

 

独立してからが一番長い働き方になっている

大学4年生のときの自分を面接し、落とした社長さんたちはそれなりに見抜いていたんでしょうか?こいつは飼いならせない、とか、どうせすぐどっか行っちゃうとか。そんな雰囲気持ってたのかな?だとしたら自分でもすごいことです。当時はそんなことあまり考えていなかったんですけどね。でもそのおかげで今があります、感謝感謝。

 

 

社会人最初のアルバイトを辞めて「初めての転職活動」をしていたとき、ある時期から急に面接無敗になり、最後は3社から内定をもらって1社に決めたんですが、お断りしたとある人材系企業は「転勤」を最初から伴うものだったので断りました。でも「転勤」がなかったらそこに決めていた可能性大です。というのも、初めて面接したその日に面接担当者が「ちょっと待っていただけますか、まだ時間いただけますか」と言われ、その会社の専務がいきなり登場し、その場で内定。「おぉ、こんな展開ってやっぱりあるんだ~」と感動したものです。で、それよりもインパクトの強いものをその方は僕に残していきました。

 

 

会社は銀行と思え

これが僕の働き方のベクトルをほぼ決めた一言と言っても良いです。その日のその時間のことを今でも鮮明に覚えています。「会社って、どんな存在だと思う?」そんな質問でした。2005年の社会人1年程度のそもそも正社員にも契約社員にもなったことがない身だったので、あいまいな回答をしてしまったと思うんですが、その方は丁寧にこう言いました。

 

「会社は銀行と思いなさい。あなたに給料として投資してくれる。その投資された分はちゃんと返さないといけない。でもそれよりも重要なことは自分を成長させること。」

 

これにより僕はその後のすべての雇われた会社では、この意識を持って働いていましたから、社長や上司たちにとってはちょっと扱いにくい存在だったのかもしれません。でも独立する直前なんて自分で仕事を生み出す・創りだすみたいなことをやれるようになっていましたし、社会人若手の営業マンが直面する「飛び込み」や「テレアポ」みたいなのは一切せずに新規獲得数(対法人)は一番多かったので、その延長線に「独立」が見えたのは言うまでもありません。

 

 

本業が複数ある働き方

そして今に至ります。ただ、3年前(2013年)より、フリーランスでもありNPO法人の代表(いちおう経営者)でもあり、公立大学の教員(特任教員)でもあるという働き方になり、「本業がなんなのかわからない」という状態に。

 

毎月4~5本、なんかいろんな相談が舞い込んできて、仕事になったりならなかったり。中には人材紹介や求人紹介もあって、それで実際に友人の転職が決まったりもありますし、紹介してくれたのでと紹介料を払ってくれた会社もありました。

 

今後はこのような複数の仕事を持つ働き方する人がどんどん増えると予想されています。世界的に「ハイブリッドに働ける人の需要」が高まっているとする研究データもあるそうです。僕の場合はいつの間にかそうなってたんですが、これまで1つの会社、1つの職種のみでやってきた人でも、意識していけば3~5年くらいでスキルやネットワークの幅が広がり、ハイブリッド職への道は開けると思っています。まぁそれなりに行動力が必要かもしれませんが。

 

振り返ればまともに会社員していたのは合計4年間もないくらいなので、ある意味社会不適合者なのかもしれませんね。


岩永真一(福岡テンジン大学・学長)への講師・講演依頼について

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