ドラマ「信長協奏曲」のさりげない視点

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フジテレビ月曜9時のドラマは初の時代劇「信長協奏曲」。見てますか?歴史好き・戦国好きとしては過去ほぼすべての信長関連ドラマを見てきている気がします。昨今の歴史・戦国ブームに乗っかり、フジテレビも開局55周年の月9に初の時代劇をもってくるあたり、まさに「ブーム」なんでしょう。

参考 : 信長協奏曲(フジテレビ)

 

 

勉強が苦手な高校生のサブローは、ひょんなことから戦国時代、天文18年(1549年)にタイムスリップしてしまい、そこで出会った本物の織田信長に、病弱な自分の代わりに信長として生きてくれと頼まれ、信長として生きていくこととなる。(Wikipediaより)

 

 

この「信長協奏曲」は歴史に「if (もしも)」があったら、なんていう群像をはるかに超えたタイムスリップかつ従来の信長像とは真逆のキャラで展開するストーリーです。もちろんそんな目線でも楽しみつつ毎週見ているのですが、ちょいちょいと「信長のすごさ」を垣間見せるシーンが登場します。

 

 

大相撲の原型を作った信長

ドラマの第3話で相撲をとるシーンが登場します。信長自身が「はっけーよーい、のこった!」というセリフが出てきますが、相撲をとっている2人は「は?はっけよーい?」みたいな感じです。

 

 

過去、織田信長を扱ったドラマでこのような相撲を信長が戦国時代に初めて持ち込んだかのような演出は、なかったんじゃないでしょうか(と言っても過去15年くらいのドラマですが)。史実によると信長は大の相撲好きだったことがわかっており、安土城にて相撲大会を開き、丸1日かけて1500人の力士に対戦させていて、優秀だった数十名を家臣として召し抱えています。それが冒頭の絵で、相撲の聖地“両国国技館”の入ってすぐのところに掲げてあるそうです。

画像引用 : 日本相撲協会・相撲の歴史ページより

 

 

実は相撲の歴史は古く、古事記・日本書紀にも力比べとして登場するそうで、詳しくは日本相撲協会の上記ページに書かれていますが、現在の「大相撲」の原型を作ったのは実は織田信長なのです。

 

 

当時、土俵がなく、審判役の行司もいなかった相撲に、厳密なルールをつけてスポーツ観戦化したのが信長。土俵を東と西に分けたのも信長らしいです。1500人の大会でなかなか決着の付かなかった優秀な力士2人に信長が与えたのが「苗字」で、東と西という苗字だったそうです。今でもその東さん・西さんは安土近くにお住まいだとか。

 

 

そんな大相撲の原型を作った信長の姿を、詳しくは紹介しないまでもさらりと表現してみせる信長協奏曲に、一人「うぉー!やるなぁ」と悦に入るのでした。。。

 


岩永真一(福岡テンジン大学・学長)への講師・講演依頼について

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